不思議な転校生だった。
髪が長く、腰まで伸びている。信じられないほどの美人だった。
なのに、誰とも口をきかない。授業中に指名されたときでさえ、最低限のことしか言葉を使わなかった。
女子にも、男子にも、教師にも口をきかない。
終始無言。眼を閉じて、黙っている。
一言も口をきかない美女は、たちまち評判になった。
髪が長く美しいその姿は、魔女のようだった。そのことから、彼女に付けられたあだ名は「沈黙の魔女」だった。
女子たちは話しかけても黙っている彼女に腹を立てた。
彼女に聞こえよがしに文句を言ったが、まったく彼女は動じない。聴こえているのかさえ怪しい。
それならば、と女子たちは「沈黙の魔女」を陥れるため、ノートを破ろうとしたり、上履きを隠そうとしたり、いろいろしようとしたのだ。
しかし、彼女のノートに悪さをしようとしたときに限って彼女の机は空だったり、上履きを隠そうとしたときに限って上履きがなかったりすることが続いた。
何度いたずらをしようとしても同じことだった。
「沈黙の魔女」は本当に魔法を使うらしい。
そんな噂が立ち、今度は誰も彼女に話しかけようとしなくなった。妙に付きまとうと祟られる、そんな風に噂され始めたからだ。
しかし・・・彼女はそんな噂が流れても、淡々と眼を閉じ、口を閉ざしたままだった。
神秘的な彼女に惹かれていたのは僕だけではないだろう。
とはいえ、彼女を追っかけまわすほど酔狂な人間は、僕だけのようだったが。
あるいは、みんな彼女を一種無気味に感じていて、「美人だし傍で見てる分にはいいんだよな。でも、近づいたら何されるか・・・」という感じだったのかもしれない。
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僕自身、彼女に近づくにつれて、みんなのそんな漠然とした感想が正しいのかもしれないと思ったほどだ。
なぜなら、僕が彼女のあとをつけても必ず撒かれてしまう。僕があとをつけていることを、感づいているとしか思えない。
待ち伏せをしていても、彼女は感づくらしく、待ち伏せをしていたときに限って違う道を通った。
いったい、彼女は何なんだろう? 本当に彼女は、魔女なのだろうか?
疑いと興味は、いよいよ高まった。
ある日。僕が放課後帰ろうとしていると、彼女が中庭で猫と遊んでいるのが見えた。
僕が彼女が気になり、そっちの方を見ていた。
しばらくみていると、猫は突然彼女に背中を向けて走り去った。彼女は何か言いたげな顔をしていたが、やがてこちらに気づいた。
目があったので、僕は彼女に話しかける。
「・・・猫とおしゃべりしてたの?」
冗談のつもりだったが、彼女なら猫と会話ができるかもしれない、とも思った。
「まあ、そんなところ・・・ちょっと、喧嘩しちゃったけどね」
「ホントに猫と話せるんだ!」
僕が驚いていると、彼女はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「言葉のあやよ。なに本気にしてるの?」
「あ・・・そう」
彼女は足元においていた鞄を取り、立ち去ろうとした。
「でも、
猫と遊んでいるときの彼女の笑顔は年相応の素敵なものだったので、それを思い出しながら僕はそう言ってみた。
彼女はそれを聞いて真っ赤になった。
クールで何事にも動じないと思っていたのに、彼女はとてもウブなのかもしれない。
「・・・そんなの、いつもヘラヘラ笑うなんてバカみたいじゃない」
そういって、彼女は歩みさった。
やっぱり顔は、赤かった。
どうやら、「沈黙の魔女」は毎日こうして猫と遊んでいるらしい。
僕は毎日中庭へ行き、彼女が猫と遊んでいるところを確かめた。
まあ、毎回彼女に見つかり、ため息を吐いて呆れられていたが。
「あなたも懲りないわね。・・・最近までは、ずっと帰り道わたしのこと付けまわしてたでしょう。今度はいつも中庭にくるのね。・・・なぜわたしに構うの? 」
「え、いや・・・ここに来ると、神足さんに会えるから」
そう答えると、彼女はますます呆れたようだった。
「顔をみるくらい、クラスで毎日顔をあわせてるでしょ」
「でも、神足さん誰とも喋らないし」
「そんな必要はないでしょ」
彼女はにべもない。
「・・・そうかもしれないけど」
僕が言葉に詰まっていると、彼女は立ち上がって僕に背中を向けた。
背中越しに、彼女は話しかけてきた。
「とにかく。そんな顔しないでくれる?」
「え、どんな顔?」
「困ってるのに、無理矢理笑ってる顔よ」
そういって、彼女はいつものように立ち去った。猫が、彼女のほうを向き、僕のほうを向いて、最後に首をかしげた。
大雨の降っている日も、彼女はやっぱり中庭だった。
大雨の中、彼女は探し物をしているように中庭をウロウロしている。
どうやら、雨の中、猫がいないので心配しているようだ。
彼女はキョロキョロとしていたが、やがて後をつけていた僕に気づき、ジロリと睨んだ。
「・・・あなたも相当な物好きね」
「それをいうなら、神足さんも相当な猫好きでしょ」
「そうよ、悪い?」
やっぱり彼女の目は鋭い。
「悪くはないよ、ただ・・・」
「ただ?」
「神足さん、猫好きだなんて、可愛いなって思って」
そう言うと、彼女は明らかに狼狽してあたふたとしていた。
「ば、バカじゃないのっ、口説いてるつもり!?」
「そういうつもりはないけどな」
僕たちが言い争いをしていると、中庭にある小屋のあたりから猫が出てきて、僕たちを見ていた。
何してンの? というような眠そうな眼だった。
神足さんは猫を見た。嬉しそうな顔だった。
それから彼女は慌てて表情を変えて、僕の顔を睨んだ。
「・・・あなたがバカなこというから、猫まで呆れて見に来たじゃないの」
「そうかな?」
「もういいわよ」
彼女は猫にエサを上げた。そして、僕から逃げるように立ち去ろうとした。
しかし、中庭にあった小石に躓いて、彼女は転んだ。
完璧そうな「沈黙の魔女」が転ぶシーンなんて、誰も見たことがないだろう。
というより、人に話しても信じてもらえないと思う。
彼女は転んで痛そうにしていたが、やがてこちらを睨んだ。
「・・・もう、・・・あなたのせいよ」
「酷いな、僕のせいなの?」
「そうよ。あなたが来なければ、慌てて帰らなくてもよかったのに」
「でも僕が来なかったら、猫に会えなかったかもね」
僕がそう言い返すと、彼女は横を向いた。
「・・・ふん」
彼女は立ち上がり、転んで濡れた服を払おうともせず、さっさと帰ろうとした。
そんな彼女に、僕はタオルを手渡した。
「・・・何のつもり?」
「僕のせいで転んだんだろ? 使ってよ」
「・・・ありがとう。使わせてもらうわ」
彼女は艶やかな長い髪を拭き、制服を拭いた。
「ありがと、洗って返すわ」
そう言ってタオルをもち、彼女は立ち去ろうとした。
「そのままでいいよ」
「・・・そう? じゃあ、返すわね」
彼女は立ち去った。
その日を境に、神足さんの僕への物腰は幾分柔らかくなった。
僕が近寄っても逃げるようなことはなくなったし、機嫌がいいときは挨拶をしてくれるようになった。
まあ、誰か他の人がいると絶対にそんなことはしなかったけど・・・。
でも、何よりも彼女が変わったのは、ほんの少しだけ微笑むようになったことだと思う。睨まれることも相変わらず多かったけど。
とにかく、朝出逢ったときにも、夕方別れるときにも、周りにそれとわからない程度に彼女は僕に微笑むことがあった。
それはお互いだけの秘密であり、僕も彼女もそれを楽しんでいたと思う。初めて彼女が僕に笑ってみせたときには、随分びっくりしたものだが。
そしてそんなことが1週間も続いた頃、彼女から一緒に帰ろうと誘われたときにはもっと驚いた。
「何? ずっと後をつけるのはよくて、一緒に帰るのはイヤなの?」
驚きのあまり返事が遅れているとき、彼女からそう言われたときはさすがに僕も苦笑いした。が、もちろん喜んでOKした。
彼女は僕と一緒に帰るときも口数は少なかったが、それでも、ポツリ、ポツリとでも会話をしながら帰るのは楽しかった。
その日以来、僕らは一緒に帰ることが増えた。
僕らが帰るとき、二人はたいてい沈黙して歩いていた。
沈黙には二種類ある。気まずい沈黙と、穏やかで暖かい沈黙だ。
でも、僕たちが二人で帰るときは、気まずいわけではなかった。そこには、なにかしら暖かい空気があり、僕も彼女もそれを共有しているのだという感覚があった。
「・・・何にも、聞かないのね」
一緒に帰り始めてから半月ほどして、彼女は僕の目を見て話しかけてきた。
僕が首をかしげると、彼女は言葉を続けた。
「転校してすぐにね、クラスの子と一緒に帰ったの。一緒に帰った女の子たちはみんなずっと話しかけてきたんだけど・・・、あなたはそういうことはしないの?」
彼女の話し方は、あきらかにクラスの子達はうるさくて迷惑だった、という口調だった。
僕は、彼女の問いに答えた。
「神足さんは、静かなほうがいいんだろ? それに、黙っていても楽しそうじゃないか。話すことはなくてもいいだろ?」
実際はそれだけではなくて、彼女の美貌を眺めていればそれだけでこちらが満たされるということもあった。よく考えると、えらく自分勝手な理由だ。
だけど彼女はそんな僕の気持ちも知らないで、オレンジがかった空を見上げた。
「・・・そうね、あなたの足音、遠くで鳥が鳴く声。静かで、心地よい音がしているものね」
あいにく、僕の耳には鳥の声など聴こえなかったが、彼女はよほど耳がいいのだろう。本当に、鳥の鳴く声が聴こえているらしかった。
また、しばらく沈黙が続いた。
そしてまた彼女は口を開いた。
「わたしがずっと喋らないの、知ってるでしょう?」
「うん・・・まあね」
「そろそろ、訳を知りたくない?」
「え? いいの?」
「あなたなら、いいわ。だって、あなたはわたしに大声で話しかけたりしないんですもの」
どうして大声で話しかけてこないことが理由になるのか、わからなかった。
だけど、話す気になってくれた彼女に水を差すのは嫌だったので、黙っておいた。
連れてこられたのは、神足さんの住むマンションだ。
神足さんは一人でマンションに住んでいるらしかった。
そこはえらく高そうなマンションで、僕は居心地の悪さを感じながら入っていった。
彼女の部屋はかなり高い階にあり、エレベータで長く昇った先だった。エレベーターを降りると、今度は廊下が延々と続いていた。
ようやく彼女の部屋に着き、ドアを閉じた後。
彼女はふう、と息をついて、耳を隠している髪を掻き揚げた。
何気ない動作だった。
だが、そこに現れたものは普通ではなかった。
彼女の耳は、物語に出てくるエルフのように尖っていたのだ。
僕は彼女の気に触らないように、恐る恐る尋ねる。
「・・・聞いていいのかどうか分からないけど、その耳の形は?」
「さあ? わからないわ。母も父もこんな耳じゃなかったし。・・・バケモノみたいでしょ。
髪を伸ばしてるのも半分はこの耳を隠すため」
「綺麗な耳なのに」
それは僕の実感だった。たしかに尖っているけど、その耳はガラス細工のように美しい。
彼女は赤くなったけれど、話を続けた。
「形が違うだけじゃないわ。この耳は、聴こえすぎるの。かなり離れた場所のひそひそ話とかでも、みんな聴こえちゃうのよ」
美しいだけではなくて、はるか遠くの音まで拾うことができるなんて。まるで魔法の細工物のようだと思った。
美しい彼女の顔、それを飾るのにふさわしい耳だ。そう思った。
僕がそれに近いことを言うと、彼女はさらに真っ赤になった。
「あなた、わたしのこといつも褒めてるけど、どういうつもりなの?」
「いや・・・だって、神足さんって凄く綺麗だし、笑うと可愛いし、耳だって綺麗だからそう言ってるだけだけど」
そう言うと、ますます彼女は赤くなった。
「・・・信じられないわ。幼稚園の頃なんか、皆揃ってわたしを妖怪だとかバケモノだとか言ってたのよ」
「でも、綺麗なんだからしょうがないじゃないか」
「悪い気はしないけど・・・あんまりわたしを褒めないで」
「どうして?」
「ドキドキしすぎるから」
彼女は赤い顔をしてずんずん台所に向かった。
うぶな彼女をからかっているつもりはないのだが、どうも彼女を前にすると褒めずにはいられない自分がいる。
外見だけのクールビューティー。褒められることに全然慣れていなくて、少しでも褒めてみせると真っ赤になる、外見だけは冷たい女の子。
他の女の子を褒めるのは恥ずかしくてできないのに、彼女にならスラスラ言葉が出る。
不思議なことだった。
彼女が淹れてくれたのは紅茶だった。
彼女は紅茶を飲みながら、耳について話してくれた。
「・・・一人暮らししてるのも、あまり話さないのも、この耳のせいよ。
周りがうるさいと耐えられないし。あの教室でいきなり大声で叫ばれたら・・・ああ、考えただけでゾッとするわ」
「その耳で、教室の中の内緒話とかが聴こえるの?」
「聴こえるわよ。意識しないようにしてるけどね。教室の端でヘアピンを落とした音が聴こえたこともあるわ。派手に音を立てて階段を登ってくる先生なら、1階の階段を登り始めただけで音を聴くことだってできる。
・・・意識すれば、誰かさんが後ろからつけてるのくらい、聴こえるわけ」
「それは・・・凄いね」
彼女の皮肉に、僕は縮こまってしまった。
「まあね。でも、そのせいで騒々しいのは好きじゃないのよ」
彼女は耳を押さえながら言った。
よく見ていると、彼女の耳は持ち主の機嫌を反映して、かなり自由に動いているように見える。耳は少し、垂れ下がっているようにもみえた。
「大変なんだね」
「だから、静かな方が好きなの」
僕はそう言われて、何となく紅茶のカップの上げ下ろしまで気を遣って音を立てないようにした。
それをみて、彼女はクスクス笑った。
「そんなに気を遣ってもらわなくてもいいわよ。そのくらい平気だから」
「あ・・・そう?」
「それにね、わたしの耳は、小さな音でも聴こえてしまうってだけで、大きな音が耐えられないってことじゃないのよ。目がいい人が普通の人より物が何倍も大きく見えるわけじゃないのと一緒よ。ただ、繊細に音が聴こえるのよ」
「そうなんだ・・・」
「それにしても、綺麗な耳の形だよね。ピアスとか、イアリングとかするのがもったいないくらい」
「・・・そういう見方はしたことなかったわね。耳なんて、隠すものだとしか思ってなかったから」
彼女は自分で自分の耳をなぞった。
僕はその様子をじっと見ていた。
「そんなに・・・この耳が変?」
「変というか、うん、見てて飽きないなあって」
「まあ、普通の耳とは違うとは思うけど。・・・そんなに興味をもたれるとは思わなかったわ。よかったら、触ってみる?」
彼女がそんなことを言うので、僕はビックリした。
「いいの?」
「別にいいわよ、減るもんじゃないし。でも、そっと触ってね」
「うん・・・」
僕は彼女の横に立った。
そしてそっと右手を伸ばす。髪を掻き揚げて、露わになった彼女の左耳に、手を伸ばした。
それから、そうっと尖っている耳の縁に触れた。
「・・・っ!」
彼女は、はあ、と息を吐いた。
「ゴメン、もっとゆっくり触ったほうがよかった?」
「う、ううん、いいの。それでいい・・・」
「う、うん・・・」
僕はそのまま、耳の尖った方に向けて指を滑らせた。
そうっと、そうっと。
僕の指から、彼女の中の震動が感じ取れるほどに。
彼女の中を流れる血の音までが聴こえそうなほどに。
ゆっくりと。
丁寧に。
「あ・・・はう・・ふう・・・」
尖った耳の頂点を僕の指がようやく捉えたとき、彼女はへなへなとテーブルの上に崩れてしまった。
顔は真っ赤で、とても苦しそうだ。
「ご、ごめん神足さん。そんな、丁寧にしたつもりだったんだけど」
「う・・・ち、違うの。その・・・・・・あの、・・・感じちゃって」
「み、耳で?」
「子供の頃から、誰かに耳を触られるのは初めてなの。ずっと、髪で隠してきたから・・・子供の頃だって耳を引っ張られたりして、こんなに丁寧に触ってもらったのは初めてで・・・」
「そう、だったんだ・・・な、なんかゴメンね」
「謝らないでいいから・・・」
慌てて彼女の耳から指を離してしまった僕に、彼女は熱っぽい視線を向けた。
「もう一度・・・触って」
「え、でも、」
狼狽する僕に、彼女はなお熱い視線を向ける。
でもそれは、彼女に性的な刺激を与えるというのと変わらない。
そういうのは・・・どうなんだろう。
「触って・・・ほしいの・・・・・・博也君」
彼女に初めて名前を呼ばれて、僕は驚いた。
「僕の名前、覚えてたんだ・・・」
「毎日毎日、人の話を聞いちゃってるから。あなたの名前も自然に覚えちゃった」
「そう、なんだ」
「ね、博也君、・・・この耳、今、あなただけに、触って欲しい」
そう言って、彼女はまた耳に掛かった髪を掻き揚げた。
宝石でできているような、彼女の美しい耳。
もう一度、僕は彼女の耳に指を伸ばした。
本物の宝石を扱うように。
決して、傷をつけないように。
柔らかく。
今度も、指が触れただけで彼女はビクンと全身を震わせる。
やめようかと思ったが、彼女の目はそれを許さない。僕の方をじっと見て、さらなる愛撫を望んでいた。
僕は、5本の指を踊らせて、彼女の耳に触れていった。耳の縁の中にある、耳の輪をなぞり、尖った耳の縁をなぞり、耳の裏、耳の穴の縁、すべてを丁寧になぞっていく。
「あ・・・・・・ああ・・・・・あん・・・・あ・・・」
敏感な場所を通過するたび、彼女はテーブルの上につっぷしたまま喘ぎ声を上げた。
彼女の耳に触れるほど。
彼女の艶かしい声を聴くほど。
この耳と、彼女がたまらなく愛しく思えてくる。
僕はゆっくりと耳に近づいていき、そっと耳にキスをした。
「ああああっ!!」
彼女はそのとき、ひときわ大きな声を上げた。
彼女はそっとこちらをうかがった。
「いま・・・何をしたの?」
驚いたように、彼女はこちらを見ている。
「耳に、キス、しちゃった」
「キス? そうだったんだ・・・何か、柔らかいものが耳に触れて、わたし、そのまま・・・」
そう呟いて、彼女は顔を横に向けた。僕の前でイってしまったのが、恥ずかしいらしい。
「自分で触っても、なんともないのに、あなたの指だと・・・酷く感じる・・・。そう、あなたの指、まるで魔法の指ね」
何とかしっかりと喋ってはいるが、彼女は全身の力が抜けてしまっているらしい。気だるそうにしていた。
僕は、自分の指と唇が起こした結果に、少し恐怖のようなものを覚えていた。
彼女はゆっくりと身体を起こした。
「ゴメン・・・わたし、眠くなってきちゃった。あなたの指で触ってもらったせいかも」
そう言って、彼女は自室へ入った。
僕についてくるよう、身振りをして。
「博也君・・・わたしが寝るまで、傍にいて。寝たら、帰っていいから。ここ、オートロックだから鍵はかけなくていいわ」
「いいの? 女の子が、オトコにベッドの傍まできてもらうなんて」
「博也君は、今すぐどうしても、わたしとそういうことしたい?」
露わになった耳が、ヒク、と動いた。同時に、彼女の2つの瞳が僕の顔をとらえた。
その迫力に、気圧される。
「・・・神足さんが眠いなら、眠ってほしい」
僕が少し気圧されたのに気づいて、彼女は少し申し訳なさそうにした。
「ごめんね、ちょっと意地悪な訊き方だったね。でも・・・先のことは分からないけど、今はダメ。それに、わたし・・・きっと危ない日だから」
彼女は頬を赤らめた。
彼女は寝巻きに着替えてから僕に入室を許可して、ベッドに入った。
ベッドに入り、眼を瞑ったまま彼女は僕に話しかける。
「ねえ、博也君、歌、歌ってほしいな」
「いいの?」
「聞いてみたいの。・・・子守唄で眠ったことなんかないけど、一度、やってみたい」
彼女はベッドで眼を閉じたまま、おねだりをした。
そして僕は彼女に請われるままに歌った。
小さい頃、母に聞かされた子守唄を。耳のいい彼女には酷く聴こえたかもしれない。
だが、彼女はやがてすうすう、と寝息を立てた。
僕は彼女が完全に寝入ったことを確認すると、カーテンを閉め、最後に彼女の耳にもう一度キスをして、部屋を後にした。
僕たち、付き合い始めたんだろうか?
彼女は僕に秘密を打ち明けてくれたし、部屋にも、寝室にも上げてくれた。大切な耳に、触らせてさえくれた。
でも僕からは、何もしなかった、一度も好きだとは言わなかった。
・・・明日ちゃんと、彼女に好きだと言おう。
彼女の透き通るような横顔と、不思議な形の耳を思い浮かべながら、僕は思った。
続編、お泊り - 耳2はこちら。
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