神足さんは、なぜか学校を休んでいた・・・。
学校の皆にとっては、「どこか無気味」な彼女がいなくなっただけなので、大したことではないらしい。
だが、僕にとっては大問題だった。
まさか、昨日のことが何か関係してるんじゃあ・・・?
そう思うと、居ても立ってもいられない。
すぐにでも、彼女に連絡を取りたい。
だが、ここで重大な問題があった。
僕は神足さんのケータイ番号もアドレスも、何も連絡方法を知らなかったのだ。僕らは何となく仲良くなってからも、お互いにそういうことを言い出さないままになってしまっていた。
考えた末、僕は、放課後彼女の家をもう一度訪ねてみることにした。
彼女のマンションは大きくて近代的だ。
マンション自体の入り口も、自由に立ち入りはできない。
僕はかろうじて覚えていた彼女の部屋の番号を押して、返事を待った。
「はい、神足です」
神足さんの声は、少し弱々しそうに聞こえた。
「神足さん? あの、僕」
と、そこまで言えば彼女はわかったようで、神足さんは僕をさえぎるように明るくいった。
「博也君? 来てくれたの?」
「あ、うん、学校休んでたから心配で・・・大丈夫なの?」
「そう、ありがと。わたしなら大丈夫よ」
神足さんの声は朗らかだった。
「そっか。・・・」
「・・・」
なんとなく、お互いに沈黙。
「・・・せっかくだから、あがる?」
こうして僕は、もう一度彼女の部屋にあがった。
神足さんはハイネックのセーターを着て、部屋をウロウロしていた。
長く尖った耳はむき出しで、そのせいか、余計にラフな感じだ。
心配していた彼女の体調も悪くはなさそうだった。
「神足さん・・・具合はどうなの?」
「うーん・・・朝は少し疲れてたけど、いまは平気よ」
そういって彼女は明るく振舞う。
そして、昨日のように紅茶を出してくれた。
僕は出された紅茶を飲みながら、話を続けた。
「昨日はなんともなさそうだったのに、大変だったね」
僕がそう言うと、神足さんは少し考えていた。
「うーん、昨日、あなたに来てもらって、わたしそのまま寝ちゃったでしょ?
なんだか気が抜けちゃったみたいで・・・今朝起きたら9時過ぎてるし、熱も少しあったから学校休んだの。
そんなに大騒ぎするほど具合は悪くなかったんだけど・・・心配かけたみたいね」
と、彼女は言った。
僕もそれを聞いて、少し考えてみた。
「うーん、疲れが溜まってて、突然それが出たのかな?」
「・・・わたしにも、そこまではわからないけど」
彼女も不思議がっていた。
その後は、今日の授業のことや学校のことを少し話した。
彼女は紅茶を飲み終えると、ゆら、と立ち上がって言った。
「わたし・・・なんだかまた眠くなってきちゃった。悪いけど、ベッドに入らせてもらうわね」
「そっか。じゃあ、そろそろお暇するね」
僕もそう言って立った。
神足さんが部屋に戻る。僕はそれを見送っていた。
その足取りは、彼女のさっきまでの元気さからすると、ゆっくりすぎるほどゆっくりだった。
「神足さん?」
「え・・・?」
神足さんは僕の呼びかけに応えて、振り向こうとした。
だが、そのとき、彼女はゆらりとして、壁にもたれかかってしまった。
僕は慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫!? 体調が悪いんじゃないの?」
「へ、平気だから・・・」
だが、よくみると顔は真っ赤で、長い耳も赤い色をみせている。
声も弱々しくて、とても元気そうには見えない。僕に無理して元気そうにしてたんだ。
・・・どうしてもっとはやく、気づけなかったんだ!
僕は無理矢理に神足さんについていった。彼女が寝間着を着る間は外に出ていたが、そのあと部屋に入っていって、、神足さんをベッドに押し込んだ。
彼女はベッドに入ると、枕元にあった体温計をとった。
「・・・あっち、向いてて」
言われたとおりにしている間に、神足さんは胸をはだけ、体温計を脇に挟んだ。
「・・・もう、いいわ」
僕が彼女の方に向き直ると、彼女は眼をつぶっていた。
息が、少し荒いように思う。
こころなしか、顔も赤い。
僕は彼女の額に手を当ててみた。意外に、熱は高そうだった。
「神足さん・・・熱、結構あるんじゃないの?」
「・・・平気、よ」
「熱が何度あるかしらないけど、病院に行った方がいいんじゃない」
「大丈夫だから」
彼女は頑固にそう言い張った。
でも結局、彼女の体温計は、38度3分を表示していた。僕なら、歩くだけでもフラフラしはじめる体温だ。
神足さんが平気なわけがなかった。
「神足さん、病院、行こうよ」
「大丈夫よ・・・こんなの、寝てれば治るから」
「でもさ、酷くならないうちにいかないと、大変だよ」
「平気だってば。病院には、なるべくいきたくないの」
彼女は少し興奮しているらしい。普段物静かな神足さんにしては珍しく、大きな声をあげて耳を逆立てていた。
「・・・まいったなあ」
興奮と熱のせいで、赤い顔をしたままそう言い張る彼女に、僕は困ってしまった。
「・・・じゃあ、病院はいいけどさ。ちゃんと食べてる?」
僕は話題を変えた。
神足さんは少し黙っていた。興奮して逆立っていた耳も、同時に下がってしまう。
僕は、彼女が昨日から何も食べていないらしいことを見抜いてしまった。
「・・・駄目だよ、それじゃ」
「そんなこといったって」
彼女は唇を尖らせた。
僕は、ふと思いついて尋ねた。
「第一、昨日の寝間着はどうしたの? なんでさっきは普段着だったの?」
「そ、そりゃああなたが来るっていうんなら、着替えなきゃいけないじゃないの!」
「調子が悪いのに、そんなところで体力使わないでよ・・・」
僕は頭を抱えたくなった。
やれやれ、と首を振って、僕は彼女の部屋を出て行こうとした。
僕が部屋を出ようとすると、なぜか神足さんは慌てた顔になった。
「え、嘘、帰っちゃうの?」
僕は振り返った。悲しそうな彼女の顔が目に映った。
「いや、おかゆでも作ろうかと思って・・・台所、借りていい?」
「なんだ・・・あ、うん、いいよ、台所つかって」
ほっとしたように、彼女は元に戻った。
僕は神足さんを安心させるように微笑んでから、部屋を出た。
これって少しは・・・心の頼りにされてるって思っていいのかな?
冷蔵庫をあけると食べ差しのご飯が2合分ほど残っていたので、それを土鍋にあけて水を注ぎ、火にかけた。
これで沸騰するまでほうっておけば、おかゆらしきものができる。
本当は炊飯器で炊かなければいけないところだが、彼女も待っていることだし、これでいいだろう。
沸騰するまで待つ間に、梅干や海苔佃煮(彼女の冷蔵庫に入っていた)をお盆に載せ、リンゴを擦っておわんに入れた。
そうこうするうちに、おかゆができた。
「おかゆ」
僕がお盆を持って部屋に戻ると、神足さんは少しずつおかゆに取り掛かった。
「あんまり食欲ない・・・でも、美味しい」
彼女はそういいながら、はふはふとおかゆを食べた。
「どうもお粗末様」
大して手間もかけていないおかゆが美味しく仕上がっているとは思えないが、彼女の気持ちは頂いておいた。
神足さんはそのまま半分ほどおかゆを食べて、すりリンゴを全部食べた。
食欲がないにしては、まあまあ食べてくれた方かもしれない。
僕がお盆を下げてくると、彼女はベッドに入っていた。
その目は緩んできている。もうすぐ彼女は寝入るだろうと思った。
・・・神足さんは寝ぼけかけた声で僕に話しかけてきた。
「お願いが、あるの・・・」
「何? 神足さん」
彼女は僕の目をみつめながら、眠い中かろうじて喋っている。
「・・・少しだけでいいから・・・ここで一緒に、寝て、くれないかな」
・・・それを聞いて、僕は一瞬戸惑った。
いや、もちろんいやらしい意味じゃないんだろうけど・・・。
察しのいい彼女は慌てて僕の勘違いを打ち消した。
「ううん、そういう意味じゃなくて・・・わたしが寝るまででいいから、一緒にベッドに入って欲しいの」
「・・・それはちょっと・・・」
「ダメ?」
神足さんは熱のせいか、少し充血して潤んだ目で見上げてくる。
彼女の可愛い耳も、少し垂れ下がった。
・・・昨日のことといい、僕、神足さんからみてオトコだと認識されてるんだろうか。僕から見て、目の前の神足さんという人は、まぎれもない立派な女の子なんだけどな・・・。
それでも、僕は彼女の頼みを断りきれなかった。
学生服の上だけを脱いで、カッターシャツになると、僕は彼女の布団に入った。
布団に入ると、彼女はまた眠そうな声でおねだりを言った。
「・・・みみ、また触ってほしい。撫でなくていいから、ずっと触っててほしい」
僕は、彼女の長い耳に自分の右手をかぶせた。
彼女はそれでたちまち落ち着いてきて、やがて寝息を立て始めた。
神足さんが眠ったことで、僕もなんだか安心してきてしまった。
どうにもベッドの中は心地いい。神足さん自身の、甘い香りがする。
なんだが、僕も眠くなって・・・、強い睡魔に襲われた。
僕は彼女のベッドでそのまま眠った。
何か明るい光が差している。
朝の、光だ。
僕は何か柔らかいものに抱きついている自分自身に気がついた。
目の前には、黒く長い髪のようなものがある。
そして、宝物のような長く尖った耳が、僕の目の前にある。
・・・ああ、そうだ。
これは、神足さんの耳だ・・・。
・・・・・・アレ?
僕はガバッと起き上がると、キョロキョロとした。
ここは・・・神足さんの家?
しまった、あのまま朝まで寝ちゃったんだ。
時間は・・・朝の5時か。
でも無断外泊しちゃったよ。それも、女の子の家に・・・。
「・・・ん」
彼女も眼を覚ました。
「あ・・・おはよう」
彼女は僕を認めて、朝の挨拶をした。
「お、おはよう」
ギクシャクとしている僕。
「何でいるの・・・帰らなかったの?」
詰問口調ではなく、ただ質問しているという感じで神足さんは訊いてきた。
だが、こっちはもじもじと答えるしかない。
「え、いや・・・寝ちゃったみたいで」
やましいつもりじゃなかったんだ、そう続けようとした。
だけど、彼女はその答えをどうとったのか、
「ふーん・・・そうなの」
と言っただけだった。
「あ、熱はどう?」
慌てて話題を変えると、神足さんは自分のおでこに手を当ててみていた。
「熱、下がったみたい。体調もいい」
「そ、そうなんだ・・・じゃあ今日から学校だね」
「そうね」
僕は寝室を追い出された。
そして、神足さんは着替えをもってお風呂場へ行き、久しぶりのシャワーを浴びた。
ちなみに、浴室へ向かう彼女の横顔は、やっぱり真っ赤だった。
僕はご飯を炊き、味噌汁を作って玉子を焼いた。
その間、シャワーからあがって髪をあげた神足さんが出てきて、どぎまぎした。
ブレザーをきて、上に髪を纏めてタオルで巻き、耳はむき出し。
おまけに、シャワーを浴びてバラ色になった肌。
もう少しで、神足さんを押し倒していただろう。
・・・彼女が小声で、「えっち」と言ってきたので、そんなことにはならなかったけど。
朝ごはんは、二人で一緒に食べた。そのときは神足さんも食欲があり、美味しそうに食べてくれた。
「こんなに美味しいご飯が作れるなら、毎日作ってもらおうかしら」
神足さんはそんなことまで言った。
・・・冗談なんだろうけど、とても嬉しかった。
そして、二人揃って神足さんの部屋を出るとき。
彼女は僕の耳に近づいて、そっと囁いた。
(お礼を言っていなかったけど、昨日はありがとう・・・)
ね、と頬を染める神足さん。
その言葉が心地よくひびいて、僕はしばらく動けなかった。
それから、はじめて連れ添って登校した。
朝早めだったので、誰にも見咎められることはなかったが、一緒に登校できるようになったということで、僕らの関係はまた少し進展した。
他人の目がある学校ではまだ、僕らはお互い知らない振りをして過ごしている。
それでも、ちょっとずつ、みんなにわからないように表情を交わしていることも増えたように思う。
・・・ちなみに、神足さんにまだ告白していないことと、家に全く連絡せずにいたことを思い出したのは、その日の午後になってからだった。
僕らが結ばれるのは、もう少し後の話。
続編初体験 - 耳3はこちら。
感想・誤字等はこちらまで。
| <BACK | 官能小説 佳情 | NEXT> |