武部潤。
彼は内気な男子高校生である。
彼には現在好きな女の子がいるが、その性格が災いして気持ちを伝えることができないでいた。
しかし、運良く彼は想い人のメールアドレスを手に入れることができた。
メアドを本人から聞いたわけではないので、若干問題がないわけではないのだが・・・。
とにかくも、彼は意中の相手に愛の告白をするためのメールを送ろうとしていた。
文面を練り、
完成させ、
宛先欄にカーソルを合わせ、
アドレス帳から彼女の名前を選び、
決定し、
送信する。
無我夢中で行った作業。
内気な彼としては思ったよりスムースだった。
それに関してはいいだろう。
これが彼の運命を分けることになる。
ときに、潤、高校2年生。9月の夜。
時刻は午後8時を過ぎたあたりのことだった。
ちなみに、その日のうちにメールの返事が返ってくることはなかった。
潤は昨日一晩中、想い人からの返事を待っていた。
その間心臓が破裂しそうな勢いで打っていた。
しかし朝になってもメールはない。
『便りがないのはよい証拠』という言葉があるが、いささか使う場面が違う。告白の返事をもらうときに限って言えば、全然返事がこない≒ゴメンナサイなのだ。
潤はどんよりとした気分で登校した。
教室に入り、席に着くと待ち構えたようにメールの着信が入った。
慌てて携帯を取り出し、メールの内容を確認する。
<アンタ、どういうつもりなの? 今すぐに屋上にいらっしゃい。どういうことか、説明してもらおうじゃないの>
潤はこのメールをおかしいと感じた。
なぜなら、告白の返事にしては乱暴すぎる気がしたからだ。第一、潤の好きな人はどんなときでもこんな乱暴なメールをよこしたりしないだろう。
なにか嫌な予感がする潤だった。
とはいえ、屋上に呼ばれている以上、行くしかない。
かなりの不安を抱えつつ、彼は屋上へと向かった。
屋上で潤は仁王立ちの女子生徒をみた。
脚が長く、ポニーテールが頭の高いところから垂れ下がっている。
そのシルエットは、体中から自信がみなぎっている感じだ。
潤はますますおかしいと思った。
自分が好きな人は、仁王立ちをしたりしない。
第一、彼女はポニーテールではなくショートカットだろう。
なぜ違う生徒がいるんだ?
まさか自分の好きな人に代わって、誰か別の人が僕の告白の断りに来たのだろうか? だとしたら、彼女は僕に会うのもイヤだってことなの?
うわ、そんなのやだな。
こんな感じで、潤はいまだ事態を把握できないでいた。
すると女子生徒はいらだたしげに言った。
「アンタ、武部潤ね? なんでわたしにこんなメールを送ってくるのかしら?」
突然喋りだした女子生徒は、ぐい、と自分の携帯を突き出す。
ビックリしながら勢いに押されて潤は口を開く。
「いや、僕は春川さんにメールを送ったはずなんだけど・・・」
しかしそんな潤の答えは、ますます女子生徒を怒らせたらしい。
というか、なぜこの女の子はこんなにフランクに話しかけてくるんだろう・・・?
「んなことは読めばわかるわよ、『春川さんが好きです』って書いてあるんだから。
なんでそれが、わたしのところに来るの? それが聞きたいんだけど」
ここにきて、潤はようやく気づいた。
自分がメールを送ったとき、送る相手を間違えたらしいと。
そして目の前の女子生徒の携帯に自分の告白メールが届いたらしいということのようだ。
そう考えると、女子生徒の態度も納得できる。
この子がこんな風に話しかけてくるのは、フランクに話してるんじゃなくて怒ってるからなんだ。
潤はとにかく謝った。
「えっと、ゴメン。
そのメール、君に送るつもりじゃなかったんだ。なんでかしらないけど、君の携帯アドレスが僕のアドレス帳に入ってたみたいで、それで間違いを起こして」
そういって潤は頭を下げた。
女子生徒は潤の謝罪を聞いて黙っていた。
女子生徒はまだ押し黙っている。
「あの、・・・そんなに、気に障った?」
おろおろしながら潤は女子生徒を見る。
その一言で、女子生徒はプルプルと握った拳を震わせた。
「・・・うふふふ。
告白メールを間違えて送ってきたことに関してはまあ許してあげるわ。でもねえ・・・。
わたしを覚えていないってことに関しては、ちょっと許せないわね」
フフフ、と加虐的な笑みが女子生徒から漏れる。
「え、君と僕、会ったことないと思うけど・・・?」
「そう・・・本当に覚えていないわけね」
「え、あ・・・その」
どうやら潤は本当にやばい発言をしてしまったようだ。
女子生徒は、キン、と潤を睨む。
「小学生の途中まで隣に住んでた女の子を忘れるなんて、実にいい度胸だわ。武部潤、アンタ、春川さんに告白なんかしなくて正解よ。
アンタなんかじゃ、誰に告っても振られて当然。ケチョンケチョンに振られるに決まってる、フフフフフ」
「あ、と、隣って・・・! って、きみ、まさか、松田晴香?」
「やっと思い出したのね、フフフ。
わたしが転校して一度も手紙も電話もなし。会いにくることもなし。高校が同じになっても話に来ることもない。まあ機会がないってことで恥ずかしがってるんだろうとは思ってたけど、まさかまさか。
アンタがわたしのことを忘れているとは思わなかったわね」
「あう、それは・・・」
松田晴香。
いや、ハルカ。
潤の記憶によれば、潤よりも背が低いけど断然勝気な少女だ。
小学校4年生くらいで市内のどこかに転校して、それっきり連絡を取っていない。
そのハルカが目の前の少女なのか。
でも目の前の少女は、背の丈こそ自分より大分低いままだが、顔立ちといい、体つきといい、かなり女の子っぽい。
小さい頃の記憶しかなかった潤は、目の前の少女と幼いころのハルカとが同一人物だとはにわかに信じられなかった。
いや、よくよく考えると小さい頃からハルカはあちこちへ僕を引っ張りまわしていた気がする。
勝気で、泣き虫で、僕はいつも彼女の言うことを聞かされていて・・・。
よく考えると目の前の少女のこの性格や話し方にはとっても覚えがある。
そうか、この子がハルカなんだ。
こうして潤はようやく頭の中で合点がいく解答を導いた。
(でも、こんなに外見が変わってたんじゃすぐにわからないよ)
といって、言い訳を聞いてくれそうな雰囲気ではない。
少なくとも昔のハルカなら当分口を利いてくれなくても何の不思議もないだろう。それくらい目の前の少女は怒っている。
潤はとにかく謝った。
「ハルカ、その、ごめん」
潤の潔い謝罪に対し、晴香は耳の穴に小指を突っ込んでふてくされたようなしぐさをしている。
「あー、わたしが転校するときにジュンに教えてあげたメアド。
ずーっとメールをよこさないから忘れられたのかと思ってたのに。
よりにもよって、初めてよこしてきたメールが間違いメール。
で、その内容が別の女にコクるメールだったなんてなー」
晴香はジト目で潤を睨んでいる。
「それは、その」
「べつにいいんだけどさー」
「・・・・・・」
晴香は完全に臍を曲げているらしい。
潤は困ってしまった。
潤は困り果てた顔をしていた。
そんな潤を見て、晴香はクスクスと笑った。
何がおかしいのか。
「まあいいわよ。もう済んだことだしさ。
ずっとメールをよこさなかったのは気に入らないけど、これからアンタがまた友達になるっていうなら許したげる」
「え、あ、ありがとう。メールのことは・・・ずっと送らなかったのはゴメン。あのあと、携帯どこかになくしちゃってて・・・ホントゴメン」
潤はまた頭を下げた。
今度は晴香もにこやかに笑う。
「そうそう。ジュンは素直なのがいいとこよ」
晴香はそこで再び仁王立ちになり、潤に言った。
「だいたいさ、アンタ、春川さんにコクるっていうけど、春川さんに5年くらい付き合ってる彼氏がいるって知ってるわけ?」
「え・・・! そうなの!?」
「・・・やっぱり知らなかったわけね」
晴香は肩をすくめた。
「皆知ってるんだけどね、普通。
おかしいとは思ったのよ。わたしの知ってる潤は、彼氏がいる女の子にコクれるほど勇気があるヤツじゃなかったから。
本当に春川さんにコクってたら、アンタ今頃ショックで寝込んでるわね」
「それは、どうも」
潤はとりあえずお礼をいった。
「お礼言われてもね・・・別に親切で教えてあげたわけじゃないけどね」
晴香はハア、とため息をついた。
潤は潤で落ち込んでいた。コクる前に振られた感じがした。
なんともいえない虚脱感・・・。
そしてそこで晴香は潤に追い討ちをかける。
「大体、アンタなんで春川さんのメアド知ってたわけ?」
「いや、友達に教えてもらった。たまたま春川さんのメアド知ってる奴がいてさ、で、頼み込んで聞いた」
そこで再び晴香はため息をついた。
「教える友達も友達だけど、アンタもアンタね。いきなり知らない人から告白のメールとかが届いても春川さんに気味悪がれるだけじゃないの」
「う、それはそうだけど」
「告白したいんなら、直接あって言えばいいのよ。その方が成功しやすいと思うけど?」
「そ、そうなの?」
「そりゃそうよ」
晴香はあごに指を絡ませ、考えるしぐさをみせる。
「だってその方がグッとくるし、その場で答えなきゃいけないって思うでしょ? そうじゃない?」
「そういう・・・もんなの? 僕はちょっと無理っぽいな」
「・・・アンタね。それじゃいつまでたっても彼女できないわよ」
「そういうハルカは、いるのかよ、彼氏」
「わ、わたしはいるわよ」
慌てたように晴香がいうと、潤が眩しそうに晴香を見つめる。
「そうだよね・・・ハルカみたいな子だったら、誰もほっとかないよね」
それは半分拗ねたような言い方だったが、晴香が赤面するには充分だった。
「そ、そうよ。オトコなら誰もわたしをほっとかないのよ。
・・・じゃなくて、アンタの話をしてたのよ。その・・・春川さんはともかく、他に好きな人はいないの?」
「・・・いるわけ、ないだろ」
一度に何人も好きになれるほど潤は器用ではなかった。
暗い顔をして潤がそう言うと、さすがに晴香も悪いことを聞いたかな、と思った。
「あー、もう、そんな顔しないの。聞いたわたしも悪かったわよ。
とにかくっ。
・・・わたしがアンタの彼女探し、手伝ってあげるわ。だからそんな情けない顔しないの」
「ハ?」
「『ハ?』じゃないわよ。だから、ジュンに彼女ができるまで、わたしがサポートしてあげるっての。・・・感謝しなさいよね」
仁王立ちのまま、顔をちょっと横に向けてそう宣言する晴香。
いかにもお姉さんぶっているが、ちょっと発言が・・・幼稚かも。
潤は冷静にそう思った。
「ありがと。ま、まあ気持ちだけ受け取っとくよ」
潤としても、晴香の気持ちはありがたい。
だけど晴香が関わると何かまずいことが起きそうなので、なんとなく辞退してしまった。
晴香みたいなタイプは、そういわれるとますますやる気になってしまうのに。
「気持ちだけ? じょ、冗談じゃないわよ!
アンタに彼女を見つけてやるまで、絶対わたし諦めないからね! 覚悟しなさい」
ムキになって大声を上げる晴香。
「とりあえず、放課後もう一回ここに来なさい。詳しい段取りはそのときに決めるわよ。あ、絶対来るのよ。逃げたら春川さんに出そうとしたメールのこと、言いふらしてやるから!」
「そ、そんな殺生な!」
「うるさいわね、アンタのためにやったげてんのよ」
(絶対嘘だ。ハルカ、僕をからかって遊ぶつもりだ!)
だが、哀しいかな、小さい頃から晴香に逆らってもその都度やり込められてきた潤は、抵抗しても無駄だということがわかっていた。
「とにかく、絶対来るのよ。いいわね」
そう言って、晴香は屋上から駆け下りて行った。
晴香が屋上の扉を開けると同時に、ホームルームが始まるのを告げるチャイムが鳴る。
「ゲ」
潤も晴香に続いて、屋上から飛び出した。
結局、ホームルームには2分ほど遅刻して、教師から睨まれることになった。
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