今朝、学校の屋上でジュンとハルカは久しぶりに会話をしたのだった。
これは、その後のお話。
あの後、晴香は悩んでいた。
悩みの種は二つ。
潤に『自分には彼氏がいる』と言ってしまったことと、『ジュンの彼女を見つけてあげる』と宣言してしまったことだ。
現実には、晴香には彼氏がいないし、潤に彼女をあてがってやるような宛があるわけでもない。
要するに、晴香は見得を切りすぎてしまったのだ。
こういうときは友人に頼るべきだと晴香は判断した。
晴香の親しい友人と呼べる人物で、すぐにこういうことを相談できそうなのは今のところ二人。
晴香のクラスの委員長である山崎紀子。
そして、何ヶ月か前に転校してきて、このごろ急に仲良くなった神足文子。
どちらも彼氏持ちだ。
とりあえず、席が近いので紀子の方から攻めてみることにする。
「ねえ、紀子」
「ん、何ハルカ」
紀子はメガネを持ち上げて、こちらをみた。
いかにも才女、という雰囲気が漂う。
「あのさ・・・ちょっと相談なんだけど」
そう言って、ハルカは事の次第を紀子に話した。
紀子からの返事。
「ハルカ、それさ・・・さっさと本当のこと話した方がいいんじゃない?
どうせすぐにばれるんだし」
「あう・・・それはそうだけど」
真っ当すぎる正論に、晴香はたじろく。
その顔を見て、紀子は微笑む。
「それが嫌なら、ハルカがその潤君の彼女になってあげたら? それで問題解決じゃない」
「あ、それはもっと嫌。だって、ジュンの彼女なんて・・・」
「あら? そんなに潤君ってひどい子なの? だったら、その潤君の彼女を見つくろってあげようとしてるハルカって、結構無責任なんじゃない?」
「なんでそうなるのよ」
「だって、ハルカ、誰か知らない女の子にそんなひどい男の子を押し付けようとしてるってことになるわよ」
「ジュ、ジュンはそんなに悪い奴じゃないわよ」
「じゃあ、ハルカが付き合ってあげればいいじゃないの」
「そ、それは・・・」
真っ赤な顔をして湯気を上げそうな晴香に対し、紀子は涼しい顔だ。
「まあ、ゆっくり考えたら?」
そう言って、紀子は話を終わらせた。
(もう、紀子ったら他人事だと思って)
晴香は何となくイライラしながら、今度は文子の席に向かった。
ちなみに、神足文子は非常に耳がいい(耳シリーズ参照)。さっきの会話を聞いてしまっていた。
ついでにいうと、晴香が何か屋上で叫んでいたのもバッチリ聞いていたりする。晴香が大声で怒鳴っていたからだ。
だが、文子はこの抜群の聴覚をまだ友人に秘密にしている。
学校でこれを知っているのは神足文子の彼氏である谷崎博也くらいである。
過去、彼女は何度かこのことを人に話して、傷ついている。だから、これについてはまだ友達に話せないでいる文子だった。
晴香が文子のところにやってくると、文子は口を開く。
「お困りみたいね」
「ええ、まあね」
晴香は事の次第と紀子に言われたことを話した。
文子はもちろん全て聞いて知っていたが、黙って聞いてあげた。
そして、文子は晴香にアドバイス。
「とりあえず。
ハルカが見栄を張ったことは置いといて、潤君に彼女が見つかるようにアドバイスをしてあげたら?」
「でも、そんなアドバイスなんて」
「・・・アドバイスって言っても、そんな大げさなものじゃないわよ。ただ、その潤君って子に、ここが悪いわよ、って教えてあげればいいんじゃない?」
文子は頭を捻って答える。
「それって・・・要するに、わたしがジュンの『男を磨く』手伝いみたいなのをすればいいわけ?」
それを聞いて、文子は苦笑した。
「まあ、そうなるかしらね。
ハルカのいう潤君って、磨く場所が全然ないわけじゃないでしょ」
「そりゃあもう。錆だらけって感じ」
晴香は笑いながら言った。
文子は内心その潤という子が不憫に思えたが、ただ苦笑するにとどめた。
「だから、そういうのを教えてあげるのよ」
「・・・なるほど、ね」
晴香は頷いた。
「でも、それって具体的にはどのへんを直すの?」
文子は、
(そんなの、潤っていう子に会ったこともないわたしにわかるわけないでしょう)
と思った。
とにかく、
「・・・それくらいは、自分で考えなさいよ。適当に、気になる部分を指摘してあげたらいいんじゃない?」
と答えておく。
「うーん、それもそうか」
あっさりと、晴香は頷いた。
「・・・ていうかさ、アヤコの彼氏は磨くところ一杯あるの?」
「まあ、ない訳じゃないわね。でもそんなに多くはないと思うわよ。
さ、わたしのことより、その潤君のことね」
「・・・チッ。
アヤコってば、ホント彼氏のことになると秘密主義なんだから」
晴香はわざとらしい舌打ちをしながら、あっかんべーをして去っていった。
文子は思った。
(博也君の、ここは直したらいい、と思うところか。・・・押しがもっと強い方がいいかな? 優しいのはそのままでいいけどなあ〜。そういえば、博也君って、いつまでわたしを『神足さん』って呼ぶつもりなのかしら)
少し顔をほころんで、彼女の特徴である長い耳が垂れ下がっている。
ちなみに、文子の恋人である谷崎博也はそれを見て、
(上機嫌だなあ、神足さん)
とか思っていたらしい。
のんきなものである。
時間はあっという間に過ぎ、晴香と潤が約束した放課後になった。
晴香は腕組みをして潤を待っていた。
潤のクラスはいつもホームルームが遅い。担任の教師が話好きだからだ。
だが晴香はそんなことを知らない。
(ジュンの奴、わたしを待たせるなんて!
まずはこの辺りから叩きなおしてやるわ!)
やがて屋上の扉が開いた。
ノホホンと歩きながら潤が待ち合わせの場所に現われたのだった。
「遅いッ!」
「わ、なんだよ、おどかさないでよ」
晴香が怒鳴り、潤が反り返る。
「20分も待たせるんじゃないわよ、何してたのよ」
「ホームルームが長引いてたんだよ」
「だったらメールくらい入れなさいよね」
「ホームルーム中にメールなんて打てるわけないだろ」
「打ちなさいよ!」
晴香は騒ぎ、潤は必死に弁解する。
「とにかく、遅れるときはちゃんとメールくらい入れなさいね。道草食ってるんじゃないかと思ったじゃない」
晴香は潤に説教した。
潤はとりあえず頷いておいた。
頷いておかないと説教が長引くからだ。
そして話は本題に入った。
「わたしが思うに、ジュンにはいろいろと欠けている部分があるわ。彼女ができないのは、そのせいよね」
「・・・なんだよ、それ」
一方的な決め付けに潤がムッとする。
「事実なんだからしょうがないじゃない。
わたしがこれまで好きになった人の傾向から考えても・・・」
「考えても? 何?」
潤が先を促した。
「え、あ、そうね」
(マズったわ。思い返してみたら、わたしってまだ誰も好きになったことがないかも!)
晴香は焦ったが、幸い潤は晴香の焦りに気づいていないらしい。
潤のマヌケ面を見て晴香は自信と落ち着きを取り戻す。
そして平然と言ってのけた。
「・・・わたしが思うに、潤には頼りがいとか、そういうのが足りないわね。あと、デリカシーが足りないかも」
「デリカシー? 何それ? 宅配のこと?」
「それはデリバリーよ・・・わたしはアンタとコントやってるわけじゃないんだから真面目に聞きなさい。
ったく、そのへんが、デリカシーがないのよ」
「だから、デリカシーって何だってば」
「・・・無神経ってことよ」
呆れて晴香が説明した。
「無神経って・・・そりゃあハルカのことなんじゃ」
潤は迷わず口にしていた。
「何ですって!」
「い、いえ! 何でもありませんっ」
「アンタって人は・・・よっぽどわたしを怒らせたいみたいね!」
小さい頃の癖か、思わず手が出る晴香。
グーを握り、潤の肩を叩こうとした。
「ちょ、ちょっと待ってよハルカ」
潤はとっさに晴香の手首を握って受け止めた。
だが、潤の手に力が入りすぎたのか、晴香は悲鳴を上げる。
「イタイ!」
「えっ」
「離してよ、ジュン!」
「あ、ゴメン・・・」
慌てて潤が晴香の手首を離すと、手首には赤い痕が残っていた。
ジンジン痺れるような痛みが残って、晴香はじっと手首を見つめている。
「よくもやってくれたわね・・・それにしても、ジュン、アンタ凄い馬鹿力ね」
まだ手をさすりながら、晴香は潤を睨む。
「ごめん。軽く握ったつもりだったんだけど」
「これで軽くなの? 大した握力だわ」
半分皮肉、半分感心という感じで晴香は言った。
「冗談抜きにして、ジュン。
あなた、もっと女の子に気を遣ったほうがいいかもしれないわね。わたしでなかったら、さっきのはちょっと引かれてるかもしれないわ」
晴香は真面目に言った。
潤も反省していたせいか、神妙に頷いた。
「気をつけるよ」
「さっきみたいな暴力まがいのことは・・・まあわたしも悪かったけどさ。とにかく、さっきみたいなことは、絶対やめた方がいいわね。これ、最低ライン」
「うん」
「でまあ、かりにそういうことを間違ってやったとしても、何かお詫びにやってくれると最高なんだけどな?」
ニヤ、と笑って晴香は潤を見た。
潤としても罪悪感があるので、逆らうことができない。
「えっと、何をやってほしいの?」
「そういうのは、そっちで考えなさいね。イイ男になれないわよ、いちいち聞くようじゃ」
「え・・・そんな」
ロクに女友達もいない潤にそんなことを要求するのは無理がある。
「えっと・・・ジュースでも奢るよ」
「いいわね。他にはなんかないの?」
「え、まだ要るの?」
「へえ、わたしの手首が赤くなるほど締めといて、そのお詫びはジュース一本で済んじゃうと思ってるわけだ」
晴香は口で言っている程さっきのことを気にしているわけでもない。口で謝ってもらっただけで充分だった。
でも、潤がこれから何を言うのか楽しみで、ちょっと意地悪を言ってみたのだった。
「で、でももう思い浮かばないし。なんかやれること、ない?」
「・・・なっさけないわねえ。ジュースを奢る以外思い浮かばなかったわけ?」
晴香は呆れたような声を出した。
「だから、なんか僕にできることはないかって聞いたじゃないか」
潤もふてくされたように応える。
晴香は少し考えて、言った。
「じゃあまあ、今度の日曜日に、付き合ってもらおうかな。荷物持ちくらいできるでしょ」
「え、荷物持ち?」
山のように荷物を持たされる自分を想像して、潤は焦る。
その声音に、晴香はコロコロと笑った。
「っていっても、そんな買い物とかする予定はないから安心しなさい。
久しぶりに再会したんだし、一緒にどこかに行こう、って言ってんの」
ね、と晴香は笑う。
「それって、別にお詫びとかじゃないんじゃ」
潤が冷静に突っ込む。
無粋な突っ込みに、晴香は不機嫌になった。
「・・・いいのよ、そんなこと。
来たいの? 来たくないの?」
晴香はイライラして二者択一を迫った。
こうなったら、潤は押し負けるに決まっている。
「・・・行かせて頂きます」
「ん、よろしい」
晴香は満足げに頷いた。
その日の帰り、結局、潤は学校を出る前に晴香にジュースを奢った。
「はい、これ」
「・・・ふん、なんでピーチジュースなわけ?」
「たぶん、好きなんじゃないかと思って」
「それは覚えてたんだ。ま、ジュンにしては上出来ね」
そう言いながら、晴香は缶を開ける。
と、晴香は潤の手元をみた。
「アンタ、買わなかったの?」
「うん」
「こういうときは、自分も買って一緒に飲むものだと思うんだけどね」
「なんで?」
「なんでって・・・わたしだけ飲んでると、まるでアンタからジュースを無理矢理巻き上げたみたいじゃない。お付き合いで一緒に飲むのよ」
「あ、じゃあ買ってくるよ」
「馬鹿ね、もういいわよ」
晴香は半分ほどジュースを飲んだ。
そして、半分ジュースが残っている缶を潤に渡した。
「これ、飲んだら? ジュン、飲んでないでしょ」
「で、でもハルカのだし」
「わたしがいいって言ってるのよ」
「そりゃ、そうだけど」
潤にしてみれば、晴香の瑞々しい紅い唇がついた缶に口をつけるのは躊躇われた。
たしか、晴香は彼氏持ちのはずだし、彼氏にも悪いし。
潤は固まって、ピーチジュースの缶と晴香の唇を交互に見てしまっていた。
晴香は潤の視線を追い、潤が何を気にしているのか悟った。
「間接キスくらいいいじゃないの、昔はお互いよくやってたでしょうが」
「今は別! それに、ハルカ、彼氏いるんでしょ? 彼氏に悪いじゃないか!」
晴香は潤に言われるまで、潤についた『彼氏がいる』という嘘をコロリと忘れていた。
同時に、潤が自分の彼氏にまで気をつかうのがおかしかった。
「心配してくれてどうも。
でも、彼氏もわたしも間接キスくらいどうってことないわ。さ、飲みなさい」
そう言って潤に缶を押し付ける。
潤は覚悟を決め、おそるおそる缶を口元に運んだ。
そして、そっと口をつけ、中身を一気に飲んだ。
「おいしい?」
「・・・味なんか、わからないよ」
潤は唇の感触を確認しながら応えた。
「大げさねえ」
潤の心臓は早鐘を打っていた。どきどきして、興奮していた。
本当は、晴香も少し赤い顔をしていたのだが。
潤が先に帰った後、晴香はこっそりピーチジュースの缶に口をつけた。
そして、さかさまにしてみる。
缶の底に残った、数滴のジュースが晴香の喉を通った。
「・・・・・・」
晴香は口元を拭った。
それから、少し考えて、ゴミ箱に缶を捨てた。
(何やってるの、わたし)
晴香はそう自問したが、うまく自答することができなかった。
続編、ジュンの告白はこちら。
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