潤は夢を見ていた。
潤の前に、春川さんが立っていた。
春川さんには、彼氏がいたはず。
僕は昨日、春川さんに告白して、そして彼女に振られたんだった。
なのに、目の前の春川さんは、潤にとろけるような笑顔をみせていた。
―まるで、恋人に対して笑顔を向けているかのようだった。
潤は春川さんを抱きしめた。
女性らしい膨らんだ胸が、潤の胸板に当たる。
春川さんの柔らかな身体が潤の興奮を煽っていった。
思わず、潤はそのまま春川さんにキスをしようとする。
そのとき、彼女は潤の身体を押しのけた。
「ごめんね。わたし、付き合ってる人がいるの。その人が好きだから、あなたとはつきあえない」
聞き覚えのある台詞だった。
抑揚といい、声音といい、それはどこかで聞いたことがある台詞だった。
・・・それは、春川さんが潤を振ったときの台詞だった。
いつの間にか、春川さんはいなくなった。
春川さんの声だけが、その場に響く。
「大丈夫。あなたにはきっと、わたしなんかより素敵な人が現れると思うから」
・・・なんて、無責任な。
「いいえ、無責任なんかじゃないわ。後ろを振り返ってみて」
春川さん、僕を振っておいて何を言ってるんだろう。
そう思ったものの、潤は後ろを振り返った。
そこにいたのは、満面の笑みを浮かべたハルカだった。
「ハルカ、どうしてここに?」
「・・・ずっと、ここにいたわよ」
「ずっと? でも、さっきはいなかったじゃないか」
「ずっといたわよ。ジュンが気づかなかっただけ」
ハルカは潤に抱きついた。
「やっと、気づいてくれた」
ハルカは涙声でそう呟いた。
潤はハルカを抱きしめかえした。
春川さんとは、違う。
幼馴染のハルカだからか、どこか懐かしい感触だった。
潤はそのまま、ハルカに口づけをする。
ハルカは、潤を受け入れた。
潤はハルカをゆっくりと押し倒す。そして、ハルカが着ている制服のブラウスの上から、乳房に触れた。
可愛らしく膨らんだ胸は、春川さんのものよりも小さい。
だけど、ハルカが女性だということを認識するのには充分すぎる膨らみだった。
「ジュン・・・」
悩ましげな声で、ハルカは潤の名を呼んだ。
潤とハルカを包む空気が、暖かくピンク色に染まり、どこからか妖しい香りが漂ってきた。
気がつけば、潤は裸のハルカを抱きしめていた。
潤のペニスは、痛いほどに勃起している。
潤は、ハルカの両脚を開き、ハルカの股間に自身をあてがった。
そして、ハルカの中に入っていこうとする。
そのとき。
「やめて」
ハルカの声が響いた。
「やめて」
ハルカは繰り返し言った。
「やめてよ」
「忘れたの? わたし、彼氏がいるのよ。アンタなんかに、最後までさせてあげられないから」
「キスしたり、胸触らせたり、裸で抱き合ったり・・・ホントは、これだってダメなんだから」
潤は呻いた。
「だったら、・・・だったらなんで、キスさせてくれたんだよ!」
「そんなの、決まってるじゃない」
ハルカは冷たく言い放った。
「ジュンが可愛そうだったからでしょう?
要するに、お情けよ」
ハルカはいつの間にか立ち上がり、潤を上から見下していた。
「・・・そんな、ひどいよ」
「酷いのは、ジュンの方でしょう? ジュンだって知ってたでしょう? わたしに彼氏がいること。最初に言ったわよね、ちゃんと。
どうして、わたしにキスしたの? わたしを彼氏から奪い取りたかったの? だったら、そう言いなさいよ。わたしに好きって言ってみなさいよ」
潤はハルカを見上げた。ハルカは、冷たく潤を見下すばかりだった。
潤が黙っていると、ハルカはさらに言葉を続けた。
「ほら、わたしを好きだって言ってみなさいよ。・・・そんなことも言えないの?」
「まあ、アンタから告白されても、全然OKする気なんかないけどね。
さっきまで春川さんと抱きあってたわよね、ジュン?
そんな人から『ハルカが好きだ』とか言われても、全然信用できないし、答える気にもならないし」
「それにわたし」
「・・・今の彼氏とラブラブだから。アンタみたいに心変わりが早くて、しかもかっこ悪くてみっともないヤツなんて、・・・昔から、大嫌いよ」
「嫌い。大嫌い」
そこで、夢は途切れた。
最低の夢見だった。
いろいろとショックを受ける要素のある夢だった。
夢の中でも一番ショックだったのは、ハルカに『大嫌い』と言われたことだった。
春川さんに嫌いだといわれてもいい。
だけど、ハルカには嫌いだといわれたくなかった。
春川さんに振られた翌日、潤は半分腑抜けになったような顔で過ごしていた。
そんな潤のところに、晴香がやってきた。
「ジュ〜ンっ!」
晴香の機嫌は、すこぶるよかった。
晴香の瞳が、キラキラと輝いている。こころなしか、顔までいつもより輝いて見えた。
「・・・なに、ハルカ」
潤には、そんな晴香の様子がわからない。
潤の胸の中には、晴香が怒っているに違いないという思い込みがあった。
なぜなら、昨日のキスの後、二人は一言も交わさずに別れた。
晴香は彼氏持ちだ。晴香とキスをしてしまったことで、晴香が怒っているに違いないと考えるのは当然のことだった。
それに、夢の中でハルカを抱きしめたり、胸を触ったり一線を超えかけたりしたので、晴香と晴香の彼氏に対して、恥ずかしさと罪悪感があるのだ。
ちなみに。
実際には、晴香に彼氏はいない。潤が晴香に彼氏がいると思い込んでいるのは、要するに、潤に再会したときについてしまった嘘を未だに晴香が引きずっているからなのだ。
とはいえ、元より物事を深く考えない性質の晴香は、『彼氏がいる』という自分の嘘がどの程度潤を悩ませているか、思いもよらなかったのである。
「ねえジュン、今週末、二人でまたどっかに出かけない? 今度はジュンの好きな場所でいいからさ。どこでも付き合ってあげるわよ」
「あー・・・まあ、別に、いいよ」
潤は、あいまいな笑顔を浮かべて晴香の誘いを断った。
「そんなこといわないで、さ。ホントいうとね、わたしが一緒に出かけたいの。ねえ、どこに行きたい?」
「その、ね。やめた方がいいと思うんだ、そういうの」
潤はあくまで断った。
「なんでそんなこと言うの? わたしと一緒に行くの、嫌?」
晴香は、首をかしげた。どうして潤が断るのかわからない、という顔だ。
潤は、晴香の無邪気な顔を見て、表情を曇らせた。
そして、暗い声で告げる。
「だから。晴香の彼氏に悪いだろう? そう何度も一緒に出かけたりなんかできないし、・・・昨日の、ことだって」
「あ・・・」
晴香はそこでようやく、しまった、という表情をみせた。
しばらく呆然としていたが、晴香は慌てて繕った。
「あ、ああのね、たぶん大丈夫だと思うよ、その、あの・・・」
晴香の中で、一瞬の逡巡があった。
彼氏なんていない、そう言うべきか、言わざるべきか。
晴香の口から出たのは、こんな言葉だった。
「あの、わたしの彼氏、放任主義だからっ、誰と出かけても、そんな、問題ないって」
慌てて言い繕っている晴香を見て、潤はどう思っていたのだろうか。
はあ、と潤は呆れたようなため息をついた。
「そういう問題じゃ、ないだろ。
晴香さ、彼氏に悪いとか、思わないわけ?
晴香って、そんなヤツだったの?」
押し殺したような声で潤はそう言った。
潤の声は、段々と厳しくなっていく。
晴香は潤の気迫に気圧されながら、それでも言い返す。
「な、何よ。わたしたちの関係なんだから、そんなのアンタが気にすることじゃ」
「そういう問題じゃない」
晴香の言い訳を、潤はバッサリと斬り捨てた。
「ハルカって、そんな軽かったの? なんでそんなことができるの?」
潤は晴香を責めた。
「べ、別にいいじゃない、彼氏がいいって言ってくれてるんだから」
「だから、そういう問題じゃないだろ。ハルカは、そいつのこと、好きじゃないのかよ」
「・・・好き、よ」
さすがに、晴香の声が小さくなる。
「だったら、なんでもっとソイツのこと構ってやらないんだよっ!
潤が大声を上げた。
晴香は、目を見開いた。
一度大声を上げると、潤は止まらなかった。
言いたいことが、どんどん口をついて出てきてしまう。
「昨日のコトだって、なんで俺を怒らないんだよ。
なんで今日、どっかに行こうとか言えるんだよ。
彼氏が許してるとか、そういうことじゃなくてさ。
なんか、お前、全然彼氏を大事にしてないんじゃないのか?」
潤は、晴香を哀しそうな目で見つめる。
「あのさ。
俺が『彼氏を大事にしろ』とか、そういうこと言える立場じゃないのわかってる。
昨日はハルカにキス、しちまったし、その、・・・正直言えば、・・・お前にあれ以上のこと、したくなかったといったら嘘になる・・・昨日の晩なんか、とんでもない夢見ちまって、夢の中のお前に大嫌いとか言われて、キツかったし」
晴香は潤をじっと見つめ、黙って潤の話を聞いていた。
「俺、別に人よりかっこいいわけじゃないし、何か特別とりえがあるとも思わない。
晴香に彼氏がいるって分かってて、それでもキスしたり、ヘンなこと考えちまうし、全然ダメなヤツだって、自分でも思う」
晴香は何かを言い返そうとしたが、潤はそれを押しとどめた。
「だけどさ。
晴香が彼氏を好きになって、それで、彼氏が晴香を好きになってくれたんだろ。
それって、凄いことだと思うんだ。
ホントに、凄いことなんだって、思うんだ。
だから、その、昨日キスとか、一緒に出かけることとかさ。
彼氏が許してくれるとか、そういうことじゃなくて。
せっかく両思いなんだから、もっともっとソイツのこと、大事にしてやれよ。もったいないじゃないかっ、せっかく想いあってるのに。
・・・そんな簡単に、両思いになんか、なれるもんじゃないんだからさぁ・・・!」
潤は、何かをこらえるようにして、最後の言葉を口にした。
春川さんに振られたときの思いを堪えたのか、晴香へのよくわからない感情を我慢したのか、それはわからなかった。
一方の晴香も、潤の言葉を簡単に聞き流してしまうことができずにいた。
晴香にしてみれば、潤のこんな台詞は、明後日の方向に向かって走っているような全然見当違いの台詞だった。
だけど、潤があまりにも真剣だったし・・・それに、晴香と『彼氏』のことを思って言ってくれている台詞だったので、笑うことなんかできなかった。
「わかった・・・」
晴香は一言、諦めたようにそう言った。
そのときの晴香は混乱していて、何を言えば言いのかわからなかった。
ただ、潤の言うことに頷いてしまったというのが晴香の心境だった。
「あのさ、潤?」
「なに、ハルカ」
「・・・ありがと」
晴香は、それでも、潤にお礼を言った。
たとえ勘違いでも、潤が自分のために真剣に言葉をかけてくれたことは、わかったからだ。
潤は、なぜ晴香がお礼を言ったのかわからなかったが、頷いておいた。
その日から数日後。
潤は、晴香に対して、こんなお願いをしていた。
「ねえ、ハルカ」
「なに、ジュン」
「いつか、・・・ハルカの彼氏って人に、会わせてよ」
「え?」
「どんな人なのか、興味があるんだ。・・・優しくて、カッコイイ奴なんだろうけどさ、一度会ってみたいから」
潤にしてみれば、たびたび話に出てくる『彼氏』というのに会ってみたかっただけだったのだが・・・。
「そ、それは、その」
晴香にしてみれば、無理な相談であった。
「頼むよ」
「あー・・・その、すぐじゃなければ、その、いいわ」
「・・・うん」
しかし、潤にお願いされ、晴香はまた勝手に頷いてしまったのである。
こうして晴香は、またひとつ、難題を抱えることになってしまった。
とはいえ、この事件のおかげで、ようやく晴香と潤は近づいていくことになるのだが・・・それはこれからの話である。
続編、ハルカの相談はこちら。
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