「ねえ〜、お願いだからっ」
「だめ」
「ねえ、このと〜りっ!」
「だめ」
「こんなにお願いしてるのに、ダメ?」
「だめ」
放課後の教室で、不毛なやりとりが続いていた。
揉めているのは、女子生徒二人。
ひとりは、このクラスの元気印、松田晴香。
ひとりは、クラスで一番目立つ容貌を持つ、長い耳をした神足文子。
何を揉めているのかといえば・・・、
「ねえ、一日でいいの! 谷崎君のこと、貸してくれない?」
「絶対イヤ」
・・・という話題であった。
話は、前回にさかのぼる。
晴香は、幼馴染の潤に、
「自分の彼氏を紹介する」
という約束をしてしまった。
しかし、晴香には彼氏がいない。正確に言えば、これまでいたことがない。
要するに、見栄をはってしまっただけだった。
潤と晴香は、最近になって再会し、幼馴染としてのつきあいを復活させた。
この二人は同級生なのだが、昔のつきあいでは、晴香がいつもお姉さんぶっているところがあった。それだけ、晴香の気が強くて、潤を引っ張っていたということだ。
その関係は、再会した今になっても変わらず、相変わらず晴香が潤を引っ張る格好になっている。
潤に対して、優位に立ちたい。
そういう意識があったからなのか何なのか、晴香は潤に再会してすぐに、
「彼氏がいる」
と言ってしまっていた。
その嘘を撤回できないまま、今度は、
「彼氏に会わせてあげる」
という約束をしたのであった。
追い詰められた晴香としては、彼氏の代役を探すしかない。
しかし、晴香には手軽にそんなことを頼める男友達がいなかった。
いや、無理を言って頼めば、引き受けてくれる男友達もいただろう。
だが晴香には、それをやってはいけないという勘が働いていた。
なぜだかわからないが、嫌だと思ったのだ。
実を言えば、晴香が男友達と思っている相手は、晴香に好意を持っている者が少なくなかった。
晴香がそういう頼みごとをすると、それを機に晴香に思いを打ち明けるに違いない状況だったのである。
晴香としては、彼らに友情しか抱いていない。そんなところに、恋などという激しい気持ちでぶつかってこられても、迷惑なだけだった。
晴香は彼らが自分を女としてみていることを察知していたのである。むろん、潜在意識のレベルでのことだが。
だから、彼らのことを避けたのだった。
まあ、晴香本人は、自分がそういう計算を働かせていることに、これっぽっちも気づいていなかったが・・・。
それはさておき、晴香は、彼氏の代役として、そういう危険のない相手を探す必要があった。
そこに白羽の矢が立ったのが、神足文子の彼氏である谷崎博也であった。
なるほど、彼なら晴香にそういう感情を抱く危険はない。
あとは彼女である文子の了解と、博也本人の了解を得るだけ。
だが、肝心の文子が首を縦に振らなかった。
それどころか、普段静かな彼女にしては珍しく、強硬に態度を変えなかったのである。
「なんで、ダメなの?」
「わたしが、嫌だから」
「・・・なんでよ、一日借りるだけ、しかもちょっとジュンの前で彼氏っぽく振舞ってくれればいいだけなのよ」
「それが嫌だっていってるの」
「ぶう。アヤコのケチ」
「ケチで結構。あなたも、彼氏ができたら分かるわよ」
「なによ、わたしに彼氏がいないことへのアテツケぇ?」
キャインキャイン、と仔犬のように吼える晴香を、文子はさすがにうっとうしく感じ始めていた。
そうでなくても、文子の耳は人よりもいいのである。キイキイ騒がれるのは文子が一番苦手な行為だった。
「あのねえ、晴香」
「なによお」
とうとう文子は、晴香を睨むようにしてお説教を開始した。
晴香は不服そうに、文子を見つめ返す。
「大体、わたしと博也君が付き合ってるのは、もう学校中に知れてるのよ。博也君じゃ、あなたの彼氏の代役にはならないでしょう?」
「むー・・・じゃあ、カレに変装してもらえば」
「変装がばれたらどうするの」
「ばれないように、すればいい」
はあ、と文子はため息をついた。
「あのね、晴香」
「なによお」
「わたし、たとえお芝居でも、あなたの彼氏役を博也君が務めるなんていうのが嫌なの、わかる?」
「ん・・・なんで?」
晴香は心底不思議そうに、文子の顔を見つめ返す。
さすがにそういう目で見られると、文子も詰まる。
晴香に悪気はないのは、わかるからだ。
「・・・だから、それは・・・」
「だから、それは?」
「・・・わたしが、博也君と、つきあってるからよ」
お願い、察してよ、と文子は思った。
「んー・・・」
が、文子のアイコンタクトは、晴香には伝わらない。
はあ、と文子は再度ため息をついた。
「まだ、わからないの? いい?
博也君があなたの彼氏役をするとね、わたしが、やきもち焼いて・・・嫉妬して、嫌な気分になるから、だから嫌だっていうこと」
「ん、・・・あー、そっか」
文子の丁寧な説明により、一応納得した晴香だった。
「考えてみなさいよ。
晴香、潤君が他の女の子と手を繋いだり、デートしたり、キスしたりしてたら平気なの?」
晴香は、ウエッという顔になった。
「イヤよ、イヤ。ジュンがキスしていいのは、わたしだけなんだから」
「ほらみなさい。そういうこと」
アレ、と晴香は思った。
「でも、それだとなんか、わたしがジュンにやきもち焼いてるみたいじゃない?」
「そうね、どうしてかしらね」
フフ、と文子はお姉さんのように笑った。まあ、文子には3人も妹がいるので、こういう場面で年上のお姉さんのように振舞うのは、ごく自然な態度だった。
「やっぱり・・・わたし、ジュンのこと、好きになっちゃったのかな?」
晴香は、甘いため息をつく。
「そうかもしれないわね」
文子は優しい目で、晴香をみつめた。
「・・・あのね」
晴香は、しばらく経ってから、ゆっくりと言葉をつむいだ。
「何?」
文子は晴香に負けないくらいゆっくりと、言葉をつむぐ。
そして、晴香はゆっくりと話し始めた。
「・・・ジュンと、キスしたの」
「そうなの」
「・・・すごかったの、とっても、気持ちよくて、幸せな気分だった」
・・・晴香は言った後で、ブンブンと首を振った。
「あ、その、そういう意味じゃないのよ、ん・・・えっと」
「いいのよ、続けて」
文子は微笑んだ。
晴香は、恨めしそうな目で文子を見る。
が、話を止めずに、続きを話し始めた。
「うー・・・でも、その、そういうの、後でよく考えたら、好きになった人同士がするものじゃないかなって、ちょっと思ってみたりして」
「別にいいんじゃない? わたしだって」
「え、アヤコもそうだったの?」
しまった、と文子は思ったが、ここで隠せば晴香が嫌だろうと思った。
「まあ、ね。博也君とは、ちゃんと付き合う前に、キスしちゃった」
より正確には、エッチまで行ってしまったのだが。さすがにそこまで言う必要はない。
「そっか。別にそういうの、ヘンじゃない・・・よね」
「そうね」
文子は自分でも自信がなかったが、そんなことは、おくびにも出さずに頷いてみせた。
「もし、わたしが、ジュンを好きなんだとしたら・・・」
晴香は、ひとりで呟いた。
「わたしは、ジュンにホントのことを、話したほうがいいわよね?」
文子は、晴香がジュンを好きでないとしてもホントのことを言ったほうがいいだろうと思った。が、そういうツッコミはしない。
「もちろん、そうね」
「じゃあ・・・そうしないと、ね」
晴香は、まるで今すぐジュンに告白するかのように、震える声で呟いた。
二人は、しばらく言葉を交わさずに一緒に座っていた。
第一作、ジュンとハルカはこちら。
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